船出のとき
2015年 06月 19日
2か月後に東京に引越すことになりました。
この地で出会った大好きな人達とお別れすることになります。
縁もゆかりもなかったこの地にやってきたのは3年前。
知り合いは誰一人いませんでした。
子供達も、誰ひとり知り合いのいない学校に、たったひとりで挑んでゆかねばなりませんでした。
とても心細かったと思います。
でも、怖がってひとりぼっちでいても、世界は広がらない。
自分を信じ、勇気を出して、周りの人々と関わってゆかなければ。
子供達は私の知らないところで、きっと一生懸命頑張っていたと思う。
私にできることは、やすらぐ場所を作ること。
大冒険してきた船がくつろげる港。 朝になったら元気に送り出す。
どうか無事に帰ってくるようにと祈りながら。
辛いことも、嬉しいことも、沢山ありました。
今では子供達にも私にも(夫はどうかな?)大好きな人達ができました。
でも、またその人達とお別れしなければなりません。
とても悲しくて辛いです。
それなら知り合わない方が楽だからよかった?
浅く付き合っていたら、別れの辛さもないのだろうし。
大切な人と離れる辛さを味わう位なら、仲良くならなかった方がよかった?
なんて、そんな訳ないでしょ!
嬉しくて、幸せで大好きな分悲しくて苦しくて辛い。
その両方が宝物だから。
この世界はそんな風にできています。
愛すれば愛するほど、失った時の苦しみは大きくなる。
それでも、愛することを止めることができない。それが人間でしょ。
そして、この世界の学びを終えて、人間という器を脱いだ時、失うものなどひとつもなかったということがきっと分かるのだと思います。
子供達は3年前よりひとまわり逞しくなりました。
たったひとりで踏み出して世界を広げた経験は、きっと心の力になっている。
だから、転校がかわいそうだと思いません。
会う機会は減っても、そのことを忘れなければ友達であることに変りはないのだから。
大切な人が増えたのだから。
3年前転校した時、4月に全校で歌う月の歌が「ね 」という題名の歌でした。
娘達はその歌詞を「これ、あの時(転校した時)の私の気持ちとおんなじ。」とよく話してくれました。
あのタイミングでそんな曲に出会うのは、偶然じゃなくギフトだと思うのです。
私は新しい場所で同じ港を作る。
だから勇気を出して冒険しておいで。
何処へ行ってもその港は変らないから。
by sui-chion
| 2015-06-19 19:28
| diary